披露宴の1週間後に退職した彼を、何十年ぶりかに見かけて思ったこと

昭和と人生後半戦

たまたま、同じ業界の会社のホームページを見ていました。

何気なく社員紹介のページを眺めていると、一人の男性の名前と写真に目が止まりました。

見覚えのある顔でした。

ずいぶん久しぶりでしたが、すぐに分かりました。

かつて、私の会社で働いていた人です。

ほんの短い期間でした。

それでも、その人のことは今でもよく覚えています。

というより、忘れようがないのかもしれません。

結婚して、安定した生活をしたい

彼は、もともと別の会社で働いていました。

うちの社員の紹介で入社してきました。

当時聞いた話では、前の会社ではなかなか昇給がなく、これから結婚して家庭を持つことを考えると、もう少し安定した会社で働きたい。

それが転職の大きな理由だったと記憶しています。

理由としては、ごく自然なものでした。

結婚する。

家庭を持つ。

これからの生活を考える。

そのために転職する。

会社としても歓迎しました。

歓迎会には婚約者も来た

入社後、歓迎会を開きました。

そこには婚約者も来ていました。

そして話をしてみると、思わぬ縁もありました。

婚約者は、偶然にも、うちの社員が所属していたサークルの後輩だったのです。

紹介してくれた社員がいる。

婚約者にも社員との縁がある。

人と人とのつながりの中で入社してきた人でした。

その後、入社して2か月ほど経った頃、結婚披露宴に招かれました。

社長も取締役も披露宴に出席した

披露宴には、会社から何人も参加しました。

社長。

取締役。

直属の上司。

紹介した社員。

そして私。

会社側としては、それなりの人数です。

もちろん、みんなご祝儀を持っていきました。

披露宴では、ご両家のご両親とも挨拶をしました。

本人も、新しい家庭を持ち、新しい会社でこれから頑張っていく。

少なくとも、私はそういう門出の日だと思っていました。

ところが、その1週間後。

彼は会社を辞めました。

いまだに意味が分からない

今でも、なぜだったのかよく分かりません。

もちろん、会社を辞める自由はあります。

入ってみたら合わなかった。

思っていた仕事と違った。

家庭の事情が変わった。

人には、それぞれ事情があります。

だから、退職したこと自体を責めたいわけではありません。

ただ、披露宴の1週間後です。

つい先日まで、社長も取締役も同僚も、彼の門出を祝っていた。

両家のご両親とも挨拶をした。

その直後に退職する。

さすがに、

「どういうことなんだ」

と思いました。

正直なところ、少しだけ「ご祝儀詐欺にあったような気分だ」と感じたことさえあります。

もちろん、本当にそんなものではありません。

ただ、それくらい気持ちの整理がつかなかったということです。

披露宴の前に決めていたなら、なぜ招待したのか

今でも不思議なのは、時間の順番です。

もし、披露宴の前に退職を決めていたのなら。

なぜ会社の人間を何人も招待したのか。

社長もいる。

取締役もいる。

直属の上司もいる。

紹介してくれた人もいる。

みんな、ご祝儀を持って二人の門出を祝いに来ています。

その時点ですでに辞めるつもりだったのなら、私にはとてもできないことです。

では、披露宴が終わってから退職を決めたのか。

それも、わずか1週間です。

結婚式の翌日から何かが起きて、数日で会社を辞める決断に至ったのでしょうか。

今でも分かりません。

家族は誰も止めなかったのか

もう一つ、不思議に思うことがあります。

本人だけの話だったのだろうか、ということです。

結婚したばかりの奥さん。

両家のご両親。

披露宴には、転職先の会社の社長や上司まで来ている。

もし私が家族なら、

「ちょっと待て」

と言うと思います。

会社を辞めるな、ではありません。

辞めるなら辞めるで、これだけ世話になった人たちに筋を通した方がいい。

せめて、そう言うと思います。

誰一人として止めなかったのか。

それとも、止めても本人が聞かなかったのか。

そこも今となっては分かりません。

私には、死んでもできない

私は、人との縁を大事にする方です。

仕事も結局、人とのつながりで成り立ってきたと思っています。

困ったときに助けてもらった人。

自分を紹介してくれた人。

信頼して仕事を任せてくれた人。

何年も会っていなくても、会えば昔と同じように話せる人。

そういう縁は、お金では買えません。

だからこそ、彼の辞め方が私にはまったく理解できない。

会社を辞めることではありません。

自分を紹介してくれた人。

自分たちの結婚を祝ってくれた人。

奥さんにつながる人。

社長や上司や同僚。

それだけの縁を、一度に全部切ってしまえることです。

私にはできません。

大げさではなく、死んでもしたくないと思います。

損得の問題ではありません。

人として、そこだけは越えてはいけない線がある。

私はそう思っています。

縁を切って得られるものより、失うものの方が大きい

人生では、会社を辞めることもあります。

人間関係を整理しなければならないこともあるでしょう。

すべての縁を守れるわけでもありません。

でも、自分から雑に切らなくていい縁まで切ってしまう必要はない。

その場では、新しい会社へ行けば終わったことにできるのかもしれません。

けれど、人との縁は案外長い。

今回のように、何十年か経って、思いがけないところでまた名前を見ることもあります。

そして、その人を見た瞬間に思い出されるのが、

一緒に働いた楽しい記憶でもなく。

披露宴の幸せそうな姿でもなく。

「披露宴の1週間後に辞めた人」

だった。

それは、少し寂しいことだと思います。

幸せは、人との縁の上にあると思っている

人は一人では生きていけません。

仕事もそうです。

家庭もそうです。

困ったときに助けてくれる人。

自分のことを信じてくれる人。

久しぶりに会って、笑って話せる人。

そういう人とのつながりが少しずつ積み重なって、人生はできていくのだと思っています。

だから私は、これほど多くの縁を一度に切る生き方が、どうしても理解できません。

本人にしか分からない事情があったのかもしれない。

今は幸せに暮らしているのかもしれない。

そこは私には分かりません。

ただ、自分だったら、そんな形で人との縁を切ってしまっては幸せにはなれないと思います。

後ろめたさが残る。

会いたくない人が増える。

昔を振り返るたびに、避けたい記憶が増えていく。

私は、そんな人生は嫌です。

自分が去るときは、縁を残して去りたい

50代になり、私自身もこれからの働き方を考えるようになりました。

いつか、今いる会社を去る日も来るでしょう。

そのとき、どんな辞め方をするのか。

今回、久しぶりに彼の顔を見て、逆に自分のことを考えました。

会社との関係は終わってもいい。

役職もなくなる。

一緒に仕事をしなくなる人もいる。

それでも、人との縁まで全部切る必要はない。

むしろ最後には、

「今までありがとうございました」

ときちんと言って去りたい。

そして何年か後、どこかで会ったときに、

「久しぶりですね」

と笑って話せる関係を残したい。

仕事もお金も大切です。

でも50代になって振り返ると、最後に人生に残るものの一つは、やはり人との縁なのだと思います。

たまたま見つけた一枚の写真から、そんなことを考えました。

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