子どもの頃、毎日の食事を作ってくれたのは祖母でした。
看護師だった母は仕事が忙しく、夜勤もありました。
父は、私が小学生になった頃に自宅で接骨院を開業しました。
そして、わが家には祖父母が同居していました。
今になって振り返ると、私は祖父母に育ててもらったようなものです。
そんな昭和の暮らしを思い出すとき、真っ先に浮かんでくるのが祖母の料理です。
子どもの頃は、古めかしい料理が嫌だった
祖母が作る料理には、昔ながらのものが多くありました。
例えば、鯖の味噌煮。
それから、まぜごはん。
今なら喜んで食べるような料理ですが、子どもの頃は少し古めかしく感じていました。
もっと違うものが食べたい。
そんな文句を言うこともありました。
毎日食事を用意してもらえることが、当時の私には当たり前だったのです。
ハンバーグも唐揚げも作ってくれた
もちろん、祖母は昔ながらの料理ばかり作っていたわけではありません。
ハンバーグや唐揚げ、カレーライス。
子どもが喜ぶメニューも作ってくれました。
今思えば、祖母なりに私の好みを考えてくれていたのでしょう。
自分が慣れ親しんだ料理だけでなく、孫が好きなものも食卓に並べてくれる。
当時は特別なことだと思いませんでしたが、ありがたいことだったのだと思います。
今になって食べたいのは、あの料理
不思議なものです。
50代になった今、無性に食べたくなるのは、子どもの頃に文句を言っていた料理です。
祖母の鯖の味噌煮。
祖母のまぜごはん。
もちろん、今でも同じ名前の料理を食べることはできます。
スーパーのお惣菜にもありますし、自分で作ることもできるでしょう。
しかし、私が食べたいのは、そういうことではありません。
祖母が作ってくれた、あの料理が食べたいのです。
同じ材料を使っても、同じ味になるとは限りません。
何をどれだけ入れていたのか、今となっては分かりません。
そして、もう祖母の料理を食べることはできません。
そう思うと、子どもの頃の何でもない食卓が、とても懐かしく感じられます。
昭和の三世代同居という暮らし
私が育った家には、両親と祖父母がいました。
母が仕事で忙しくても、家には祖父母がいる。
父も自宅で仕事をしている。
今のように、共働き家庭の子育てをどう支えるかという問題を、当時の私は意識したこともありませんでした。
もちろん、三世代同居には大変なこともあったはずです。
それでも、私にとって祖父母の存在は大きなものでした。
特に、毎日の食事を作ってくれた祖母には、ずいぶん世話になりました。
もう一度食べたいものは何ですか?
年齢を重ねると、昔は何とも思わなかったものが、大切な思い出に変わることがあります。
私にとって、それは祖母の料理です。
豪華なごちそうではありません。
鯖の味噌煮や、まぜごはん。
どこの家庭にもありそうな、昔ながらの料理です。
でも、あの頃の食卓には、祖母がいて、家族がいて、昭和の日常がありました。
食べたかったのは、料理だけではなく、あの頃の時間そのものなのかもしれません。
子どもの頃に文句を言っていた自分に、今なら少し違うことを言えそうです。
「おばあちゃん、おいしかったよ。ありがとう」
皆さんにも、もう一度食べたい家族の料理はありますか?
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