制度は令和になった。でも、私の中には休めない会社員が残っている

働き方・副業

会社は、有給休暇の取得を推奨しています。

休むことは、社員の権利です。

頭では分かっています。

それでも私は、有給休暇を申請するとき、どこか申し訳ない気持ちになります。

自分が休めば、誰かが代わりに対応する。

連絡が来れば、別の人が判断する。

仕事がなくなるわけではなく、誰かのところへ移るだけだからです。

私より上の人たちも休まない

これは、私だけではありません。

私より上の世代の人たちは、役職に関係なく、ほとんど有給休暇を取りません。

会社から取得を促されても、予定表は仕事で埋まったままです。

休めないほど忙しいというより、休むことが身についていないのだと思います。

仕事があるのに休む。

周囲が働いているのに自分だけ休む。

そのことに、抵抗があります。

私たちの世代にとって、有給休暇は「当然に使うもの」ではなく、何か特別な事情があるときに使うものだったのかもしれません。

若手は、驚くほど普通に休む

一方で、若い社員は違います。

有給休暇を取りたい日があれば、予定を確認して申請します。

こちらから見ると、

「え、このタイミングで?」

と思うこともあります。

繁忙期の直前。

大事な仕事が続いている時期。

人が足りない日。

それでも、休みを取ります。

以前の私なら、周囲への配慮が足りないと思ったかもしれません。

けれど、若手にとっては、有給休暇は会社から与えられた権利です。

取れる日に取る。

仕事は組織で回す。

むしろ、その方が本来の姿なのでしょう。

私たちは、休まないことで評価されてきた

私は就職氷河期世代です。

仕事があるだけでありがたい。

代わりはいくらでもいる。

簡単に休めば、やる気がないと思われる。

そんな空気の中で働き始めました。

体調が悪くても出勤する。

忙しい時期は休まない。

周囲に迷惑をかけない。

それが社会人として当然だと教えられてきました。

休まず働く人が評価され、多少無理をしてでも穴を開けない人が信頼される。

そうやって会社員を続けてきたため、制度が変わっても感覚は簡単には変わりません。

休めないのは、責任感だけではない

有給休暇を取りにくいのは、責任感が強いから。

そう考えれば、少し聞こえはよくなります。

けれど、それだけではないと思います。

自分がいなくても仕事が回ることへの不安。

休んだ人だと思われる怖さ。

周囲からどう見られるかを気にする習慣。

休まず働くことで、自分の居場所を守ってきた感覚。

そうしたものが、今も残っています。

休むことが苦手なのは、仕事熱心だからというより、休んでも大丈夫だと信じ切れないからなのかもしれません。

若手が悪いわけではない

若手の休み方を見て、戸惑うことはあります。

その日でなくてもよいのではないか。

もう少し周囲を見てもよいのではないか。

そう思う場面もあります。

ただ、私たちが休めなかったからといって、次の世代にも同じ我慢を求める必要はありません。

誰かが休むたびに仕事が回らなくなるなら、問題は休む人ではなく、休めない組織にあります。

一人が休んでも支障が出ないようにする。

仕事を共有する。

特定の人にしかできない業務を減らす。

有給休暇の取得を推奨するなら、会社はそこまで整える必要があります。

それでも、まだ申し訳ないと思う

有給休暇は権利だと分かっています。

休んだ方が、長く働けることも分かっています。

若手の感覚の方が、時代に合っていることも分かります。

それでも、自分が休む日を予定表に入れるとき、少し申し訳ないと思ってしまいます。

誰かに仕事を頼み、何かあれば連絡してくださいと伝え、完全には仕事を手放せません。

制度は令和になりました。

けれど、私の中には、まだ昭和の会社員が残っています。

休む若手を見て驚きながら、本当は少しうらやましいのかもしれません。

何も悪いことをしていない顔で休めることが。

休んでも、自分の居場所はなくならないと信じられることが。

有給休暇を取れないのは、仕事が忙しいからだけではありません。

長い間身につけてきた、休むことへの罪悪感を手放せないからです。

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