親と家族

昭和と人生後半戦

昭和の秋祭り|祖父と叩いた神楽太鼓、今も聞こえる横笛の音

秋になると、近所の神社から神楽の太鼓や横笛の音が聞こえてきます。その音を聞くたびに、子どもの頃の秋祭りを思い出します。昭和の時代、わが家の秋祭りは、祖父が神社へ出かけるところから始まりました。祖父はお神酒を二本持って、近所の神社へ向かいます...
昭和と人生後半戦

昭和の年賀状はプリントゴッコだった|家族の何百枚を刷った小学生の思い出

昭和の年末を思い出すと、真っ先に浮かぶ道具があります。プリントゴッコ。今では見かけなくなりましたが、かつては家庭で年賀状を印刷するための定番の道具でした。私にとっては、単なる懐かしい印刷機ではありません。小学生の頃、祖父と両親の年賀状を印刷...
昭和と人生後半戦

薪で沸かすお風呂があった昭和の暮らし|戦争帰りの祖父と薪割りの記憶

子どもの頃、わが家のお風呂は薪で沸かしていました。五右衛門風呂ではありません。浴槽は普通のお風呂です。ただ、お湯を沸かすために薪を使っていたのです。そして、私には祖父と一緒に薪を割った記憶があります。何十年も前のことですから、細かなことまで...
昭和と人生後半戦

昭和の冬の思い出|豆炭こたつと祖父母が使っていた豆炭あんか

昭和の冬を思い出すと、懐かしい暖房器具が浮かんできます。豆炭こたつと豆炭あんか。今ではあまり見かけなくなりましたが、私が子どもの頃には、どちらも身近な存在でした。昭和50年代の暮らしには、今とは違う暖かさがあったように思います。子どもの頃、...
昭和と人生後半戦

昭和の町内運動会|祖母が獲得した大鍋と、3世代に受け継がれる地域のつながり

昭和の子ども時代を振り返ると、私は地域の大人たちに育ててもらったように思います。学校や家庭だけでなく、習い事の先生や近所の人たち。そんな地域のつながりを象徴するのが、町内運動会です。わが家には、祖母が若い頃に町内運動会で獲得した大鍋がありま...
昭和と人生後半戦

昭和のテレビの思い出|祖父と妹とこたつに入り、ドリフを見ていた頃

子どもの頃、習字やそろばんの習い事から帰ると、真っ先に向かう場所がありました。祖父がいる居間です。そこにはこたつがあり、妹と一緒に入ってテレビを見ていました。アニメを見たり、バラエティ番組を見たり。今になって思えば、何ということもない日常で...
昭和と人生後半戦

昭和の食卓|祖母の鯖の味噌煮とまぜごはんが、今になって恋しい

子どもの頃、毎日の食事を作ってくれたのは祖母でした。看護師だった母は仕事が忙しく、夜勤もありました。父は、私が小学生になった頃に自宅で接骨院を開業しました。そして、わが家には祖父母が同居していました。今になって振り返ると、私は祖父母に育てて...
親と家族

50代の髭剃り事情|フィリップスを使う父と、T字カミソリ派の息子3人

※本記事にはアフィリエイト広告が含まれています。わが家の洗面所は、少し大きめに作ってあります。理由は、3人の息子たちです。家を建てるとき、息子たちが大人になれば、父親の私を含めて4台の電気シェーバーが並ぶだろうと考えました。充電する場所も必...
お金と投資

青色申告もfreeeなら難しくなかった|わが家では高校生の息子が月1回入力している

※本記事にはアフィリエイト広告が含まれています。個人で仕事を始めると、避けて通れないのが経理です。売上を記録する。レシートを整理する。銀行口座を確認する。クレジットカードの利用明細もある。そして最後には確定申告。正直、私はこういう作業が得意...
親と家族

子どもたちが大きくなったら旅行へ、と思ったらコロナ禍だった|50代になって感じる時間のずれ

息子が3人います。子どもが小さい頃は、当然ですが何をするにも子ども中心でした。食事もそうです。出かける場所もそうです。休日の予定もそうです。それが少しずつ大きくなり、ようやく3人とも自分のことを自分でできるようになってきました。「これからは...