秋になると、近所の神社から神楽の太鼓や横笛の音が聞こえてきます。
その音を聞くたびに、子どもの頃の秋祭りを思い出します。
昭和の時代、わが家の秋祭りは、祖父が神社へ出かけるところから始まりました。
祖父はお神酒を二本持って、近所の神社へ向かいます。
そして、そのままずっと神社にいます。
夕方になると、祖父を迎えに行く。
それも、秋祭りの決まった光景でした。
【祖父に手を握られて叩いた神楽太鼓】
幼い頃、神楽の太鼓を叩かせてもらったことがあります。
もちろん、小さな子どもですから、一人で上手に叩けるわけではありません。
祖父が後ろから私の手を握り、一緒に太鼓を叩いてくれました。
太鼓の前に座り、祖父の手に導かれながら音を出す。
今でも覚えている、秋祭りの大切な場面です。
当時は、それが特別な経験だとは思っていませんでした。
祖父がいて、神社があって、神楽の音が聞こえる。
子どもにとっては、ごく当たり前の秋の風景だったのです。
【小学生になると、今度は自分で演奏する】
小学生になると、神楽太鼓や横笛を習うようになりました。
幼い頃は祖父に手を握ってもらって叩いていた太鼓を、今度は自分で演奏する側になったのです。
神楽の音は、ただ聞くだけのものではなくなりました。
太鼓のリズムや横笛の音色が、秋祭りの記憶と結びついています。
今思えば、地域のお祭りには、子どもが自然に参加できる場所がありました。
大人たちが続けてきたことを、子どもたちが少しずつ覚えていく。
教科書で学ぶわけでも、特別な行事として意識するわけでもありません。
毎年同じ季節に神社へ行き、そこで見たり聞いたりしながら、地域の文化に触れていたのでしょう。
【今は、音を聞くだけになった】
大人になった今、私は神楽太鼓も横笛も演奏していません。
秋祭りの音を聞く側になりました。
けれど、不思議なものです。
太鼓や横笛の音が聞こえてくると、祖父がお神酒を持って神社へ出かけた姿や、夕方に迎えに行った記憶がよみがえります。
そして何より、後ろから手を握って太鼓を叩かせてくれた祖父のことを思い出します。
昭和の秋祭りを懐かしく感じるのは、昔の行事が盛大だったからだけではないのでしょう。
そこに、家族との時間が重なっているからだと思います。
今は動画を撮れば、祭りの様子も演奏も簡単に残せます。
それでも、記録していないはずの祖父との時間が、神楽の音とともによみがえる。
音には、そんな力があるのかもしれません。
祖父に手を握られて叩いた太鼓。
自分で習った太鼓と横笛。
そして、今はただ耳を傾ける神楽の音。
同じ秋祭りでも、年齢とともに関わり方は変わっていきました。
それでも、私の中ではずっと、祖父と過ごした秋につながっています。
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