昭和の子ども時代を振り返ると、私は地域の大人たちに育ててもらったように思います。
学校や家庭だけでなく、習い事の先生や近所の人たち。
そんな地域のつながりを象徴するのが、町内運動会です。
わが家には、祖母が若い頃に町内運動会で獲得した大鍋がありました。
そして、その運動会は今も続いています。
私だけでなく、3人の息子たちも出場しました。
祖母が獲得した大鍋
子どもの頃、家には大きな鍋がありました。
祖母が若い頃、町内運動会で活躍して獲得した賞品です。
当時の私は、それほど特別なものだとは思っていませんでした。
しかし、今になって考えると、祖母の若い頃の思い出が形になって残っていたわけです。
町内運動会が、いかに地域の暮らしに根づいていたかを感じます。
男子が私一人。2学年分の競技に出場
私が子どもの頃、町内運動会では大忙しでした。
私の学年には男子が私一人。
しかも、一つ上の学年にも男子がいませんでした。
そのため、私は2学年分の競技に出場しなければならなかったのです。
一方、集合住宅がある町内は、子どもの人数が多く、選抜された選手が出場していました。
こちらは人数不足で何度も出場。
向こうは大勢の中から選ばれた選手。
ずいぶん条件が違いました。
それでも、大人も子どもも一丸となって競技に取り組んでいたことを覚えています。
昭和の子どもは地域で育った
町内運動会だけではありません。
私が通っていた習字やそろばんの先生たちも、厳しくも優しい人たちでした。
親や学校の先生以外にも、自分を見てくれる大人がいたのです。
家では祖父母が同居していました。
看護師だった母は夜勤もあり、父は自宅で接骨院を営んでいました。
実際には、祖父母に育ててもらったようなものです。
家庭、学校、習い事、そして地域。
子どもを育てる場所が、いくつもあったのだと思います。
町内運動会は今も続いている
そして、うれしいことに、私が参加していた町内運動会は今も続いています。
私の3人の息子たちも出場しました。
祖母が若い頃に参加し、私が子どもの頃に走り、息子たちも参加した。
考えてみれば、3世代にわたって同じ地域行事に関わってきたことになります。
時代が変わっても、こうして受け継がれているものがある。
それは、とても貴重なことだと思います。
地域のつながりは災害時にも力になる
町内運動会には、もう一つ大切な役割があると思っています。
それは、地域の人たちが顔を合わせる機会になることです。
近所に誰が住んでいるのか。
どんな家族がいるのか。
普段から知っていることは、大きな地震などが起きたときにも役立つはずです。
安否を確認したり、困っている人に声をかけたり。
もちろん、地域のつながりだけで災害に対応できるわけではありません。
しかし、顔見知りの関係があることは、助け合いの第一歩になります。
町内運動会は、地域の防災力を支える人間関係を育てる場でもあると思うのです。
次の世代にも残したいもの
昭和の暮らしが、すべてよかったとは思いません。
昔には昔の不便さも、窮屈さもありました。
それでも、地域の大人たちが自然に子どもと関わり、世代を超えて顔を合わせる文化には、今も価値があると思います。
祖母が獲得した大鍋。
私が2学年分の競技に出場した運動会。
そして、3人の息子たちも参加した同じ地域の行事。
懐かしい昭和の思い出だと思っていたものが、実は今も続いている。
これからも、そんな地域のつながりが次の世代へ受け継がれてほしいと思います。
この記事が印象に残ったら、♡を押していただけるとうれしいです。


コメント