サガミの「晦日そば」に再挑戦|50代になって小さな挑戦が楽しくなった

昭和と人生後半戦

先日、サガミの「晦日そば」に再挑戦しました。

これで2回目です。

前回は、最初の3段でギブアップ。

思っていたより食べられず、あっさり終了しました。

今回は、前回よりは少し頑張れました。

店内には20段という記録もあり、最高記録は80段とか。

そこまでいくと、もう別世界です。

自分の記録なんて大したことはありません。

でも、かなり楽しかった。

最近、こういう小さな挑戦がいいなと思うようになりました。

前回は、3段で終わった

最初に挑戦したときは、もう少しいけると思っていました。

そばです。

そんなに重くない。

何段かはいけるだろう。

そんな気持ちで始めました。

でも、実際に食べると簡単ではありません。

3段で十分でした。

それ以上は、もういい。

前回はそんな感じで終わりました。

だから今回も、最初から記録を狙ったわけではありません。

前より少し食べられたらいい。

それくらいの気持ちでした。

前回より少し先までいけた

今回は、前回より多く食べることができました。

もちろん、店内記録にはまったく届きません。

20段。

80段。

そんな数字を見ると、

「どうやったらそんなに食べられるんだ」

と思います。

とほほです。

でも、自分としては十分でした。

前回より少し先までいけた。

それだけで妙にうれしい。

大人になると、人と比べて結果を見ることが増えます。

仕事でもそうです。

収入でもそうです。

肩書きでもそうです。

でも、こういうことは自分比でいい。

前回よりちょっと先へ進めた。

それだけで楽しめました。

50代になると、「挑戦」という言葉が少し重くなる

挑戦というと、大げさなことを考えがちです。

転職する。

独立する。

新しい仕事を始める。

資格を取る。

何か大きな目標を立てる。

50代になると、こうした挑戦にはそれなりの覚悟がいります。

家族があります。

仕事もあります。

健康のことも考えるようになります。

若い頃のように、

「とりあえずやってみよう」

だけでは動きにくいことも増えました。

でも、晦日そばを食べながら思いました。

挑戦なんて、もっと小さくていいのかもしれない。

前回3段だった。

じゃあ今回は、もう少しいけるかやってみる。

それでも十分です。

結果がどうでもいい挑戦は、案外楽しい

今回、何段食べたから何かが変わるわけではありません。

仕事に役立つわけでもない。

収入が増えるわけでもない。

誰かに評価されるわけでもない。

だからこそ、楽しいのかもしれません。

やる前は少し楽しみ。

途中は少し苦しい。

終われば笑える。

それで終わりです。

大人になると、無駄なことをしなくなります。

失敗しそうなことを避けます。

効率も考えます。

でも、何の役にも立たないことを本気でやる時間も悪くありません。

次は、わんこそばもやってみたい

今回の挑戦が終わって、

「もうそばは十分」

となるかと思いました。

でも、そうでもありませんでした。

むしろ、

今度はわんこそばをやってみたい。

と思いました。

どれくらい食べられるのか。

たぶん、大した記録にはならないでしょう。

また早々にギブアップするかもしれません。

でも、それでいい。

終わったあとに、

「全然だめだったな」

と笑えれば、それで十分です。

50代だからこそ、小さな「やってみたい」を増やしたい

50代になると、考えることは増えます。

仕事。

お金。

健康。

親のこと。

子どものこと。

これからの人生。

どうしても真面目な話ばかりになります。

もちろん、それは大切です。

でも、それだけでは少し窮屈です。

晦日そばに挑戦する。

わんこそばを食べてみる。

行ったことのない場所へ行く。

食べたことのないものを食べる。

そんなことでいい。

人生を大きく変えるような挑戦ではなくても、

「ちょっとやってみたい」と思ったことを試してみる。

それだけで日常は少し面白くなります。

若い頃の挑戦は、何かを手に入れるためだったような気がします。

50代の今は、

結果よりも、

「まだこんなことを楽しめる」

と思えることの方が大事なのかもしれません。

次は何をやってみようか。

そんな小さな楽しみを、これからも増やしていきたいと思います。

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