公立高校に頑張ってほしいと思う理由

昭和と人生後半戦

今年から高校無償化の話題を耳にする機会が増えました。

制度の詳細は地域によって異なりますが、これまで以上に私立高校を選びやすくなる家庭は増えていくのだと思います。

実際、私の子どもも私立高校に通っています。

設備は整っています。

学校行事も充実しています。

先生方のサポートも手厚いと感じます。

保護者として見れば、とてもありがたい環境です。

だから私立高校が選ばれる理由もよく分かります。

身近には私立高校で働く人もいます。

話を聞いていると、私立高校が日々努力していることも伝わってきます。

特色ある教育を作ること。

生徒を集めること。

進学実績を上げること。

私立高校も決して楽ではありません。

だから私は、私立高校を否定したいわけではないのです。

ただ、最近ふと思うことがあります。

公立高校を取り巻く空気が、私たちの頃とは大きく変わったなということです。

私が高校受験をした頃は、公立高校が本命という空気がありました。

もちろん地域差はあると思います。

けれど少なくとも私の周りでは、

まず公立高校を目指す。

私立高校は滑り止め。

そんな感覚が当たり前でした。

学校の先生もそう考えていましたし、保護者もそう考えていました。

公立高校に合格することが、一つの目標でした。

ところが今は違います。

私立高校を第一志望にする家庭も珍しくありません。

進学実績。

探究活動。

特色ある教育。

手厚いサポート。

私立高校には多くの魅力があります。

高校無償化が進めば、その流れはさらに強くなるのでしょう。

時代が変わったのだと思います。

そして、その変化は自然なことなのだとも思います。

けれど、それでも私は公立高校に頑張ってほしいのです。

私は公立高校の出身です。

だから贔屓しているだけなのかもしれません。

そう思うこともあります。

けれど、それだけではない気がしています。

公立高校には独特の空気がありました。

勉強が得意な人もいる。

部活動に夢中な人もいる。

将来の目標がはっきりしている人もいる。

まだ何をしたいのか分からない人もいる。

家庭環境もさまざまです。

価値観も違います。

同じ教室の中に、いろいろな人がいました。

当時はそれが当たり前でした。

けれど今振り返ると、あの環境は意外と貴重だったのだと思います。

社会に出ると、自分と同じ考えの人ばかりではありません。

立場も違う。

育った環境も違う。

大切にしているものも違う。

公立高校には、その小さな社会のような役割があったように思います。

もちろん私立高校にも素晴らしい学校がたくさんあります。

私立には私立の役割があります。

そして公立には公立の役割があります。

どちらが上という話ではありません。

どちらか一方だけになっても、少し窮屈な気がします。

いろいろな学校があり、

いろいろな価値観があり、

いろいろな学び方がある。

その中で、それぞれが役割を果たしていく。

そんなバランスが残ってほしいと思います。

高校無償化によって、学校選びはこれからさらに変わっていくのでしょう。

昭和の頃は、公立高校を目指すことが当たり前でした。

令和では、私立高校を選ぶことが特別ではなくなっています。

その変化そのものを否定するつもりはありません。

けれど、公立高校が長い時間をかけて担ってきた役割まで失われてほしくはないのです。

だから私は、公立高校に頑張ってほしいと思います。

それは懐かしさだけではありません。

これからの社会にも、公立高校ならではの価値がきっとあると思うからです。

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