生きている間に、日本馬が凱旋門賞を勝つところを見たい

昭和と人生後半戦

1969年。

私が生まれるより前に、スピードシンボリが凱旋門賞に挑戦しました。

それから半世紀以上。

日本競馬にとって、そして日本の競馬ファンにとって、凱旋門賞はずっと特別なレースであり続けています。

世界にはたくさんの大きなレースがあります。

それでも、日本馬が凱旋門賞を勝つ。

この一つだけは、少し意味が違うように感じます。

私も競馬を見続けてきました。

そして今、50代になりました。

最近は本気で思います。

生きている間に一度でいいから、日本馬が凱旋門賞を勝つところを見たい。

ディープインパクトなら勝てると思った

日本競馬の歴史の中で、何度も「今度こそ」と思った馬がいました。

その中でも、ディープインパクトは特別でした。

日本であれだけ圧倒的な走りを見せた馬です。

この馬なら、本当に凱旋門賞を勝てるのではないか。

日本中の競馬ファンが期待しました。

私も見ました。

でも、勝てなかった。

その後も、日本馬の挑戦は続きます。

ナカヤマフェスタ、そしてオルフェーヴル

ナカヤマフェスタが2着。

あと少しでした。

そしてオルフェーヴル。

2012年の凱旋門賞は、今でも忘れられません。

直線で抜け出したとき、

「勝った」

と思いました。

ところが最後に差された。

翌年もオルフェーヴルは挑戦し、また2着でした。

日本で歴史に残るような馬が挑戦しても届かない。

凱旋門賞とは、これほど難しいレースなのかと思わされました。

毎年「今年こそ」と思ってしまう

それでも、日本馬が出走すれば見ます。

そして、

「今年こそ」

と思います。

競馬ファンとは不思議なものです。

何度負けても、次の馬が現れれば期待する。

ディープインパクトでも届かなかった。

オルフェーヴルでも届かなかった。

それでも、

いつか日本馬が勝つ日は来る。

どこかでそう信じています。

1969年から続いている挑戦

スピードシンボリが挑戦した1969年には、私はまだ生まれていません。

そこから日本の競馬は大きく変わりました。

海外の血統が入り、調教技術も進歩し、日本馬が海外の大レースを勝つことも珍しくなくなりました。

昔なら夢のようだった海外G1制覇も、今では現実のものになっています。

それなのに、凱旋門賞だけは勝てない。

だからこそ、特別なのでしょう。

これは一頭の競走馬だけの挑戦ではありません。

半世紀以上、日本競馬が次の世代へとつないできた挑戦でもあります。

50代になると「いつか」の意味が少し変わる

若い頃は、

「そのうち日本馬が勝つだろう」

くらいに思っていました。

来年がある。

再来年もある。

10年後だってある。

でも50代になると、「いつか」という言葉の感じ方が少し変わります。

これから先、凱旋門賞をあと何回見るのだろう。

そんなことを考える年齢になりました。

だから、以前より強く思います。

日本馬が先頭でロンシャンのゴールを駆け抜けるところを見たい。

テレビの前で、

「ついに勝った」

と言いたい。

1969年のスピードシンボリから続いてきた挑戦が実を結ぶ、その瞬間を見たい。

競馬を見続けてきた一人のファンとして。

生きている間に一度でいい。

日本馬が凱旋門賞を制する瞬間を、この目で見たいと思っています。

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