50代になると、会社の評価より自分の納得が気になり始める

働き方・副業

若い頃は、会社から評価されることがうれしかった。

上司に褒められる。
仕事を任される。
役職が上がる。
賞与に反映される。

認められるたびに、「もっと頑張ろう」と素直に思えました。

評価されることが、自分の成長そのものだったのかもしれません。

ところが50代になってから、少し感覚が変わりました。

評価されることが、うれしくないわけではありません。

責任ある仕事を任されれば、ありがたいと思います。
これまでの経験を認めてもらえれば、やはりうれしい。

それでも最近は、

自分は、この仕事に納得しているか

の方が気になるようになりました。

評価されたのに、なぜか心が晴れなかった

以前、ある仕事がうまく進み、周囲から評価されたことがありました。

数字も出ました。
任された役割も果たしました。
上司からも、よくやったと言われました。

若い頃なら、それだけで満足していたと思います。

けれど、その日はなぜか気持ちが晴れませんでした。

結果は出た。
会社から見れば、成功だった。

それでも、自分が本当に大切にしたかったこととは、少し違っていた。

うまく説明はできませんでしたが、その頃から、評価されたかどうかより、自分が納得しているかを考えるようになりました。

会社員として長く働いていると、評価の仕組みも少しずつ見えてきます。

成果を出したから評価されることもあります。

一方で、役職や社内事情、上司との関係によって評価が変わることもあります。

自分では十分ではなかったと思っていても、高く評価される。
反対に、意味のある仕事ができたと思っても、数字には表れない。

評価と納得は、必ずしも同じではありません。

50代になって、その違いが少しずつ分かるようになってきました。

役職が上がるほど、仕事の手応えは見えにくい

現場にいた頃は、仕事の手応えが分かりやすいものでした。

目の前の相手の表情が変わる。
自分の言葉が伝わる。
提案が、そのまま結果につながる。

仕事と自分の距離が近かったのだと思います。

役職が上がると、仕事は変わります。

会議に出る。
判断する。
人を配置する。
問題が起きないように先回りする。

どれも必要な仕事です。

ただ、何も起きなかったことが成果になる場合もあり、自分が何を積み上げたのかは見えにくくなります。

部下がうまくいけば、その人の成果になる。
問題が起きれば、管理する側の責任になる。

それが役割だと分かっていても、ときどき思います。

私は、自分が本当にやりたかった仕事に近づいているのだろうか。

肩書きも責任も増えました。

けれど、自分の納得まで一緒に増えたわけではありません。

会社の評価を無視できるわけではない

会社の評価など、どうでもいい。

そう言えるほど、きれいな話ではありません。

評価は、給料や役職に影響します。

家族もいます。
住宅ローンもあります。
子どもの教育費や、親のこともあります。

納得できないからといって、すぐに仕事を辞められるわけではありません。

今の仕事を投げ出したいわけでもありません。

長く働いてきたからこそ、任せてもらえる仕事があります。

頼られることにも、ありがたさを感じています。

ただ、50代になって思うのです。

私は、会社から評価されるためだけに働いてきたのだろうか。

上司から認められること。
役職を守ること。
会社から必要とされること。

それだけが、自分の仕事の価値だったのだろうか。

たぶん、違います。

自分なりに良いと思う仕事をしたい。
誰かの役に立っている実感を持ちたい。
自分の考えを、言葉や形に残したい。

若い頃から、心のどこかにはあったはずです。

ただ、目の前の仕事に追われ、評価されることで安心し、深く考えずにきたのかもしれません。

会社の外に、小さな石を積む

会社の中で得た評価とは別に、自分の考えを自分の言葉で残せる場所がほしいと思うようになりました。

私が会社の外で文章を書くようになったのも、そのためです。

会社の肩書きではなく、自分の経験や考えたことを言葉にする。

誰にも指示されません。
評価表もありません。
読まれないこともあります。

それでも、自分で考え、自分で書き、自分で残す。

会社とは別の場所に、自分が納得できるものを少しずつ積んでいく。

今の私には、それが必要です。

会社の中だけで働いていると、自分の価値も会社の中だけで決まるように感じます。

役職がある。
部下がいる。
会議で意見を求められる。
誰かから相談される。

その環境から離れたとき、自分には何が残るのだろう。

50代になると、そんなことも考えます。

だから私は、会社で働きながら、会社の外にも小さな石を積んでいます。

残りの人生を、誰の基準で生きるのか

会社に必要とされることと、自分が納得して働くことは、同じではありません。

どちらか一方を捨てたいわけではありません。

今の役割は、きちんと果たしたい。

その一方で、会社の評価だけを基準にして、残りの人生まで決めたくはないと思うようになりました。

50代になると、仕事の先にあるものが少しずつ見えてきます。

あと何年働くのか。
どんな役職で終わるのか。
定年後も会社に残るのか。

それも大切です。

けれど、それ以上に、

何を残したいのか。
誰と過ごしたいのか。
どんな働き方をしたいのか。
何に納得して生きたいのか。

そちらの方が、少しずつ重くなってきました。

評価は、会社が決めます。

でも、納得できるかどうかは、自分で決めるしかありません。

そして、その延長にあるのが、

自分の残りの人生を、どう生きるか

という問いなのだと思います。

今日も会社での役割を果たしながら、会社の外に小さな石を積む。

すぐに形にならなくてもいい。

その一つひとつが、これからの人生を自分で選ぶ準備になるのだと思っています。

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