1970年代生まれは、正解を探して生きてきた

昭和と人生後半戦

私たち1970年代生まれは、正解を探して生きてきた世代だと思う。

子どもの頃から、そう教えられてきた。

勉強しなさい。

いい学校へ行きなさい。

いい会社へ入りなさい。

真面目に働きなさい。

結婚しなさい。

家を買いなさい。

子どもを育てなさい。

人生には正しい順番があるように思っていた。


私も、その流れの中を歩いてきた。

大学へ進学した。

会社へ就職した。

結婚した。

住宅ローンを組んだ。

子どもを育てた。

管理職にもなった。

振り返れば、大きく道を外れた記憶はない。


もちろん後悔しているわけではない。

家族がいる。

仕事がある。

得たものも多い。

だから、その生き方を否定するつもりはない。


ただ、50代になって思うことがある。

正解を探すことと、自分で選ぶことは同じではなかったのかもしれない。


若い頃は、どこかに答えがあると思っていた。

学校に行けば答えがある。

会社に入れば答えがある。

先輩に聞けば答えがある。

本を読めば答えがある。

だから一生懸命探した。


けれど人生後半戦に入ると、少し景色が変わる。

答えが見つからないのではない。

人によって答えが違うことに気づくのだ。


会社に残る人もいる。

独立する人もいる。

趣味を楽しむ人もいる。

新しいことを始める人もいる。

どれも間違いではない。


若い頃は、正解に近づくことが成長だと思っていた。

今は少し違う。

自分で選んだ答えに責任を持つことの方が大切なのではないかと思う。


考えてみれば、私たちは変化の大きな時代を生きてきた。

昭和が終わった。

平成が始まった。

インターネットが普及した。

スマートフォンが当たり前になった。

AIまで登場した。


そのたびに、新しい正解が現れた。

そして、そのたびに古い正解は姿を変えた。

だから今は分かる。

最初から絶対に正しい答えなど、どこにもなかったのだ。


私たち1970年代生まれは、前半戦を正解探しで生きてきた。

だからこそ後半戦は違う。

誰かが作った正解を探す時間ではない。

自分が選んだ答えを生きていく時間なのだと思う。

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