AIを使えば、長い文章を短くまとめてもらえる。
会議資料。
報告書。
長いメール。
規程や契約に関する文書。
読むだけで時間がかかる文章も、AIに入れれば、数秒で要点が並ぶ。
便利になった。
それは間違いない。
けれど、仕事が本当に楽になったかと聞かれると、少し違う。
結局、私は原文を読む。
要約だけでは決められない
内容を知るだけなら、要約で足りることもある。
大まかな論点をつかむ。
読む順番を決める。
重要そうな箇所を探す。
そのためには、AIの要約はとても役に立つ。
ただ、管理職として何かを決めるときは、それだけでは足りない。
その数字は正しいのか。
条件は付いていないか。
例外はないか。
まだ案の段階なのか。
誰が、どこまで責任を持つのか。
要約された文章では、細かな前提や言葉の温度が抜け落ちることがある。
要約そのものが間違っていなくても、判断に必要な一文が省かれているかもしれない。
だから、最後は原文へ戻る。
アナログの仕事を知っている
私たち50代は、長い文章を自分で読むことが当たり前の時代から働いてきた。
紙の資料をめくる。
余白に線を引く。
数字を電卓で確かめる。
前のページへ戻る。
分からなければ、担当者へ聞く。
効率はよくなかった。
けれど、読む途中で違和感に気づくことがあった。
文章の言い回しが前と違う。
数字のつじつまが合わない。
誰かが責任を避けるような書き方になっている。
そうしたものは、きれいに整理された要約だけでは見つけにくい。
アナログな仕事を知っているからこそ、短くまとまった文章を、そのまま信じる怖さも分かる。
決定には、いい加減さが許されない
若い頃なら、資料をまとめて上司へ渡せばよかった。
しかし、立場が変わると、その資料を使って決める側になる。
人を動かす。
お金を使う。
方針を変える。
誰かへ説明する。
決定には結果がついてくる。
「AIがそう要約したから」
では済まされない。
判断を間違えれば、責任を取るのはAIではなく、自分だ。
だから、要約を読んで終わりにはできない。
少しでも気になるところがあれば、原文を確認する。
数字を見直す。
前後の事情を確かめる。
仕事が楽にならないのは、AIが役に立たないからではない。
決める仕事には、いい加減さや間違いが許されないからだ。
AIに任せるところと、任せないところ
だからといって、AIを使わないわけではない。
長い文章の全体像をつかむ。
論点を並べてもらう。
確認すべき箇所を探す。
分かりにくい文章を整理する。
こうした作業は、かなり速くなった。
最初から最後まで一人で読むより、入口としてAIを使った方がよい。
ただし、AIに任せるのは整理までだ。
確認する。
考える。
決める。
その部分は、自分に残す。
AIを使えば、読む時間は短くできる。
けれど、責任まで短縮することはできない。
50代だから慎重なのではない
要約をそのまま信じず、原文まで読む。
それを古い仕事の仕方だと思う人もいるかもしれない。
けれど、私はそうは思わない。
私たちは、AIを疑っているのではない。
自分が下す決定の重さを知っているのだ。
間違えたときに、誰へ迷惑がかかるのか。
何を失うのか。
どこまで戻せるのか。
長く働いてきたからこそ、それが分かる。
AIは文章を短くできる。
仕事の準備も速くできる。
けれど、最後に原文を読み、自分で決める。
それは非効率なのではない。
責任を持つ人間に残された仕事なのだと思う。
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