ある日、エコキュートが壊れた。
突然、お湯が出なくなった。
蛇口をひねっても水しか出ない。
普段は意識することもないが、お湯が使えないだけで、暮らしはかなり不便になる。
風呂に入れない。
食器を洗うにも冷たい。
修理で済むのか、交換になるのかも分からない。
予定外の出費も頭をよぎった。
困った末に、妻と息子たちを連れてスーパー銭湯へ行くことにした。
家族で銭湯へ行く
最初は、仕方なく行っただけだった。
家の風呂が使えないのだから、ほかに選択肢がない。
ところが、行ってみると悪くなかった。
広い湯船につかる。
露天風呂に入る。
息子たちと、何気ない話をする。
大学のこと。
将来のこと。
車のこと。
同じ家に住んでいても、普段は意外と話していない。
テレビやスマートフォンもなく、急いで何かをする必要もない。
湯船につかりながら、いつもよりゆっくり話すことができた。
瓶のコーヒー牛乳
風呂から上がると、コーヒー牛乳を買った。
最近は紙パックの商品も多い。
それでも、瓶のコーヒー牛乳を見ると少しうれしくなる。
腰に手を当てて飲む。
子どもの頃に銭湯へ行った記憶まで、一緒によみがえってくる。
息子たちにとっては、特別なことではないのかもしれない。
けれど私には、少し昭和へ戻ったような時間だった。
不便が作った時間
もちろん、エコキュートが壊れたことは困った。
できれば壊れてほしくなかった。
交換にはお金もかかる。
何日もお湯が使えないのは不便だった。
それでも、この日のことだけは、少し得をしたようにも感じる。
エコキュートが壊れなければ、家族そろってスーパー銭湯へ行くことはなかった。
息子たちの将来の話を聞くこともなかったかもしれない。
妻と一緒に、湯上がりの時間を過ごすこともなかっただろう。
便利な暮らしでは、家族がそれぞれ自分の時間を過ごせる。
それはよいことだ。
ただ、不便になったときにしか生まれない時間もある。
当たり前の日常に戻る前に
新しいエコキュートが付けば、またいつもの生活に戻る。
蛇口をひねれば、お湯が出る。
家で風呂に入れる。
家族で銭湯へ行く理由もなくなる。
だからこそ、この数日だけは忘れずにいたい。
壊れたのは給湯器だった。
けれど、息子たちと妻と過ごす時間は、少しだけ増えた。
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