孫正義さん、堀江貴文さん、南場智子さん。
インターネットがまだ今ほど当たり前ではなかった時代から、新しい技術の中で事業を作ってきた人たちです。
最近、この人たちがAIについて語る動画を見ることがあります。
そこで感じるのは、危機感よりも、むしろ楽しそうだということです。
新しいものが出てきた。
これで何ができるだろう。
世の中はどう変わるだろう。
そんなことを話しているとき、とても生き生きして見えます。
それを見ていると、少し分かる気がします。
私自身も、今のAIをかなり面白いと感じているからです。
50代になって、また新しい時代が来た
私は1970年代生まれです。
子どもの頃、家にインターネットはありませんでした。
もちろんスマートフォンもない。
分からないことがあれば、本で調べる。
友人に連絡するなら、家の電話を使う。
そんな時代から始まりました。
それが、パソコン通信、インターネット、携帯電話、スマートフォンへと変わっていった。
仕事のやり方も、生活も大きく変わりました。
そして50代になった今、また大きな変化が来ています。
AIです。
若い人たちのための新しい技術。
最初は、そう見えるかもしれません。
でも私は、むしろ逆なのではないかと思っています。
アナログの時代を知り、インターネットの登場も経験した私たちの世代だからこそ、AIのすごさがよく分かる。
年齢的にも、かなり面白いタイミングにいるのではないでしょうか。
コードを書けない私でも、アプリを作れるようになった
私はプログラマーではありません。
コードを一から書けるわけでもありません。
少し前までなら、
「こんなアプリがあったらいいな」
と思っても、それで終わりでした。
自分で作るなら、プログラミングを勉強する。
あるいは、誰かに開発をお願いする。
アイデアと実際に動くものの間には、大きな壁がありました。
ところが今は違います。
AIと会話しながら、
「ここをこうしたい」
「この画面にこの機能を追加したい」
「このエラーは何が原因か」
とやり取りしていく。
いわゆるバイブコーディングです。
そうすると、コードを書けない私でも、実際に動くアプリを作れてしまう。
もちろん、一度で完成するわけではありません。
うまくいかない。
直す。
また試す。
それでも、以前なら入口にすら立てなかったことが、自分で試せるようになりました。
これは私にとって、かなり大きな変化です。
同世代とAIの話をすると、温度差がある
一方で、同世代の友人や会社の人たちとAIについて話すと、かなり温度差があります。
「使ったことがない」
という人もいる。
使っていても、
「検索の代わりに質問する」
くらいで終わっている人も少なくありません。
もちろん、それでも便利です。
分からないことを聞く。
文章を要約する。
旅行先を調べる。
それだけでも役に立ちます。
でも、今のAIはもう検索エンジンの代わりだけではありません。
文章を作る。
企画を考える。
数字を整理する。
画像を作る。
プログラムを書く。
仕事の仕組みそのものを作る。
自分一人ではできなかったことを、一緒に進める相手になり始めています。
検索窓の延長としてしか見ていないと、この変化の大きさを見落としてしまう気がします。
就職氷河期を生きてきた世代だからこそ思う
私たちは、就職氷河期世代です。
社会に出ようとしたとき、景気は悪かった。
会社を選ぶというより、まず入れる会社を探す。
仕事があること自体をありがたいと思う。
そんな空気の中で社会人になりました。
その後も、長い不況が続きました。
給料が大きく増える時代でもなかった。
「これからどんどん豊かになる」
という感覚を持ちにくいまま、50代まで働いてきた世代でもあります。
だから私は、AIの登場を少し特別に感じています。
これは景気の波とは違う。
会社が与えてくれるチャンスでもない。
自分から触れば使える。
会社の役職も関係ない。
学歴もそれほど関係ない。
プログラマーでなくても、アイデアを形にできる。
就職氷河期の頃は、入り口そのものが狭かった。
でもAIには、今のところ入り口が広く開いている。
50代になって、こんなものが突然現れた。
それなら、一度くらい本気で乗ってみてもいいのではないかと思っています。
私たちの世代には、二つの世界の経験がある
50代には、若い世代にはないものがあります。
アナログの世界を知っていることです。
紙で仕事をした。
電話で連絡した。
人に聞いた。
足を運んだ。
手作業で何時間もかけた。
だからこそ、
「これが数秒でできるのか」
というAIのすごさが分かる。
同時に、インターネットが社会を変えていった過程も見ています。
最初は一部の人しか使っていなかった。
「そんなもの必要なのか」
と言う人もいた。
ところが気づけば、仕事も買い物も銀行も旅行も、インターネットなしでは成り立たなくなりました。
AIにも、どこか似た空気を感じます。
もちろん、インターネットとAIは同じものではありません。
ただ、
「まだ使わなくても困らない」
という段階で触った人と、
「使わなければ困る」
ようになってから触る人では、数年後に差がつく。
これは、インターネットのときにも見た景色です。
50代だから遅い、ではなく、50代だから今なのかもしれない
新しい技術の話になると、
「若い人にはかなわない」
と言う人がいます。
確かに、操作を覚える速さでは若い人の方が上かもしれません。
でも、AIは操作の速さだけで使うものではありません。
何を聞くか。
何を作るか。
どこがおかしいと気づくか。
現実の仕事で使えるか。
ここでは、これまでの経験が生きます。
30年働いてきた人には、30年分の材料がある。
失敗も知っている。
人間関係も知っている。
組織も知っている。
お金の重さも知っている。
その経験にAIを掛け合わせる。
AI × 経験。
これは、若い世代とは別の強みです。
50代だから不利なのではなく、むしろ今まで積み上げてきたものをAIで再利用できる世代なのだと思っています。
年齢的には、大きな波に乗れる最後の機会かもしれない
50代になると、残りの会社員人生を考えるようになります。
このまま今の会社で働くのか。
定年後はどうするのか。
収入はどうするのか。
自分には何ができるのか。
普通なら、少しずつ守りに入る時期なのかもしれません。
そんなところへAIがやってきた。
私は、これをかなり幸運なことだと思っています。
あと20年早ければ、経験が足りなかった。
あと20年遅ければ、新しいことを始める体力がなかったかもしれない。
アナログを知っている。
インターネット革命も経験した。
そして、まだ現役で働いている。
そのタイミングでAIが来た。
これは、私たち就職氷河期世代に訪れた一つのチャンスなのではないでしょうか。
AIに仕事を奪われるかより、何ができるかを考えたい
AIのニュースを見ると、
「仕事がなくなる」
「人間はいらなくなる」
という話も出てきます。
もちろん、変わる仕事はあるでしょう。
不安がないわけではありません。
でも、私はそれだけを考えているのはもったいないと思っています。
自分なら何に使えるか。
これまでできなかった何ができるか。
仕事をどう変えられるか。
小さな商売を作れないか。
アイデアを形にできないか。
そう考えている方が、ずっと面白い。
孫正義さんたちがAIについて語るときに生き生きして見えるのも、新しい時代を「怖いもの」ではなく、「何かできるもの」として見ているからなのかもしれません。
私も、そちら側にいたいと思っています。
就職氷河期世代に、もう一度チャンスが来た
私たちは、社会に出る入口で苦労した世代です。
だからこそ、
「チャンスは一部の人にしか来ない」
という感覚がどこかに残っています。
でもAIは少し違う。
今のところ、使うかどうかは自分で決められる。
誰かに選んでもらう必要もない。
会社の許可がなくても、まず触ることはできる。
それだけでも、就職氷河期の頃とはかなり違います。
50代だから、もう遅い。
ではなく、
50代の今だから、この波に乗ってみる。
就職氷河期を生き、アナログもインターネットも知り、まだ現役で働いている。
そんな私たちの世代に、もう一度大きな変化が来た。
人生後半に、こんな面白い道具が登場した。
私はこれを、怖がるより使ってみたいと思っています。
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