昭和と人生後半戦

昭和と人生後半戦

披露宴の1週間後に退職した彼を、何十年ぶりかに見かけて思ったこと

たまたま、同じ業界の会社のホームページを見ていました。何気なく社員紹介のページを眺めていると、一人の男性の名前と写真に目が止まりました。見覚えのある顔でした。ずいぶん久しぶりでしたが、すぐに分かりました。かつて、私の会社で働いていた人です。...
AI活用

AI時代は若者だけのものではない|就職氷河期世代の50代に来た新しいチャンス

孫正義さん、堀江貴文さん、南場智子さん。インターネットがまだ今ほど当たり前ではなかった時代から、新しい技術の中で事業を作ってきた人たちです。最近、この人たちがAIについて語る動画を見ることがあります。そこで感じるのは、危機感よりも、むしろ楽...
働き方・副業

制度は令和になった。でも、私の中には休めない会社員が残っている

会社は、有給休暇の取得を推奨しています。休むことは、社員の権利です。頭では分かっています。それでも私は、有給休暇を申請するとき、どこか申し訳ない気持ちになります。自分が休めば、誰かが代わりに対応する。連絡が来れば、別の人が判断する。仕事がな...
昭和と人生後半戦

靖国神社の遊就館で若い世代を見て、戦争の記憶について考えた

今年の春、初めて靖国神社へ行った。東京には何度も行っている。歴史にも興味がある。祖父は戦争に行き、フィリピンで終戦を迎えた。それなのに、なぜ今まで一度も行かなかったのだろう。特別に避けていたわけではない。行こうと思って行かなかったわけでもな...
昭和と人生後半戦

フィリピンで終戦を迎えた祖父のこと

8月15日になると、祖父のことを思い出す。祖父は戦争に行き、フィリピンで終戦を迎えた。私は戦争を知らない。祖父から戦地での出来事を詳しく聞いた記憶も、ほとんどない。それでも、8月15日という日は、教科書の中だけの出来事ではない。自分の家族の...
昭和と人生後半戦

理不尽しかない時代だった。|岩瀬仁紀さんと福留孝介さんの話を聞いて思ったこと

中日ドラゴンズのレジェンドOB、岩瀬仁紀さんと福留孝介さんのトークショーを見に行った。岩瀬さんは1974年生まれ。福留さんは1977年生まれ。ともに1998年のドラフトで中日に入団した。1位が福留さん。2位が岩瀬さん。逆指名制度があった時代...
昭和と人生後半戦

20年以上通う理容室が、息子の店になる

近所の理容室へ行った。もう20年以上通っている。店主ご夫妻は、私より少し年上の50代だ。いつものように椅子に座ると、店をリニューアルする話になった。外へ修行に出ていた息子さんが戻り、店を継ぐという。ご夫妻は店を離れるわけではない。しばらくは...
昭和と人生後半戦

50代の親友に、二人目の子どもが生まれた

小学校、中学校を一緒に過ごした親友に、二人目の子どもが生まれました。同じ町で育ち、同じ時代を歩いてきた友人です。知らせを聞いたとき、まずは素直にうれしくなりました。そのあと、不思議な感覚が残りました。同じ年齢でも、人生の時間はこんなにも違う...
昭和と人生後半戦

信長の野望で学んだのは、強い武将を集めることではなかった

私の学生時代には、『信長の野望』がありました。『全国版』。『戦国群雄伝』。『武将風雲録』…。強い大名家で始めることもあれば、あえて弱い大名家を選ぶこともありました。兵力が少ない。国力も乏しい。家臣団にも、目立って能力の高い武将がいない。それ...
昭和と人生後半戦

1970年代生まれ、まだまだだ。|池田浩二選手を応援しながら思ったこと

ボートレース蒲郡へ、池田浩二選手を応援しに行った。1978年生まれ。ボートレースの面白さを教えてくれたのは、間違いなく池田選手だった。長く第一線で走り続けてきた選手だが、最近は年齢や引退を意識しているように感じる発言もある。まだまだ走ってほ...